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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)307号 判決 1998年12月10日

岐阜県岐阜市日光町8丁目39番地

原告

入来院正己

訴訟代理人弁護士

神戸正雄

同弁理士

恩田博宣

柴田淳一

服部素明

東京都小平市学園東町1丁目7番14号

被告

武蔵野機工株式会社

代表者代表取締役

荻原岳彦

訴訟代理人弁護士

吉武賢次

同弁理士

北野好人

飯島紳行

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成6年審判第17425号について平成8年10月18日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「吊り下げ用係止具」とする特許第1818325号発明(昭和59年5月24日出願、平成4年5月14日出願公告、平成6年1月27日設定登録。以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。

被告は、平成6年10月7日、本件特許を無効とすることについて審判を請求をした。

この請求は同年審判第17425号事件として審理され、原告は、平成8年8月5日、本件発明の特許請求の範囲を後記2(2)のとおり訂正することなどを内容とする訂正請求(以下「本件訂正請求」という。)を行ったが、特許庁は、平成8年10月18日本件特許を無効とする旨の審決をし、その謄本は、同年10月31日原告に送達された。

2(1)  本件訂正請求前の本件発明の要旨

コンクリート製品(C)内に先端を露出させて埋設されるほぼ円筒状をなす固定部材(1)の最後端部に同固定部材(1)の軸線方向とほぼ直交するように底面が平面状の抜止めフランジ(4)を突出形成し、前記固定部材(1)の外周面には同固定部材(1)の軸線方向に沿って後端側ほど高くなるように傾斜して延びる移動防止フィン(5)を突出形成するとともに、同移動防止フィン(5)と前記抜止めフランジ(4)とを前記固定部材(1)の最後端部において一体的に連結し、前記固定部材(1)の先端から軸線方向に凹設した金具挿入孔(1a)の内周面には同挿入孔(1a)の内端部を含む中途から奥の内周面にのみ雌ねじ(3)を螺刻し、かつ、同雌ねじ(3)はその谷部径が金具挿入孔(1a)の開口部(2)を含む中途から先端例の内周面とほぼ同一径となるようにしたことを特徴とするコンクリート製品の吊り下げ用係止具。(別紙2参照)

(2)  本件訂正請求後の発明(訂正発明)の要旨

上記(1)の末尾部分の「同一径となるようにした」を「同一径となるようにするとともに、金具挿入孔1aの内径を金具の外径とほぼ同一径となるようにした」と訂正するほかは、上記(1)と同じである。

3  審決の理由

審決の理由は、別紙1審決書写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであって、訂正発明(本件訂正請求後の発明)は、第1引用例(実願昭54-144542号(実開昭56-64456号)の願書に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム。甲第17号証)、第2引用例(意匠登録第430800号公報。甲第18号証)に記載された事項及び周知の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないから、訂正の請求は認められないところ、本件発明(訂正前の発明)は、同様に、第1引用例、第2引用例に記載された事項及び周知の技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり、同法123条1項2号に該当し、無効とされるべきであると判断した。

4  審決の認否

審決の理由Ⅰ(本件発明の要旨(ただし、訂正請求前のもの)等。審決書2頁2行ないし3頁7行)は認める。

同Ⅱ(請求人の主張。3頁8行ないし4頁9行)は認める。

同Ⅲ(無効理由の通知及び本件訂正請求の内容。4頁10行ないし7頁19行)は認める。

同Ⅳ(本件訂正請求についての判断。7頁20行ないし15頁4行)のうち、1(訂正発明の要旨。8頁2行ないし9頁5行)は認める。

2(第1ないし第3引用例の記載事項の認定。9頁6行ないし10頁10行)は認める。

3(一致点、相違点の認定。10頁11頁ないし12頁10行)は認める。

4(相違点についての判断)のうち、相違点イ)についての判断(12頁13頁ないし13頁8行)は認め、相違点ロ)についての判断(13頁10行ないし14頁11行)及び効果についての判断(14頁12行ないし16行)は争う。

5(訂正の不採用。14頁17行ないし15頁4行)は争う。

同Ⅴ(本件発明の容易推考。15頁5行ないし15行)は争う。

5  審決の取消事由

審決は、訂正発明が進歩性を有し、独立して特許を受けることができるものであるのに、この点の判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(訂正発明の相違点ロ)についての判断の誤り)

審決の相違点ロ)についての判断(審決書13頁10行ないし14頁11行)は、誤りである。

<1> 審決が周知の技術として引用する甲第20ないし第22号証及び第24号証には、訂正発明が対象とする重量のあるコンクリート製品の吊下げ支持に使用される吊下げ用係止具に関する技術的記載、及び雌ねじに対する雄ねじの螺入量が浅いような場合でも、安定した吊下げ支持ができる上に、その際の雄ねじ部と雌ねじ部との螺合部分に応力が集中することを防止できるという訂正発明に特有の顕著な作用効果を予測させ得るような記載はない。

すなわち、甲第20号証(実願昭53-93572号(実開昭55-9977号)の願書に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム)は、締結具の一種であるナットの改良発明に関する文献であって、かかるナットをコンクリート製品内に埋設して吊下げ用係止具として使用することの開示はない。また、甲第20号証における効果についての記載は、心定め効果と早ねじ込み効果だけであり、ナットに対するボルトの螺入量が浅い場合の作用効果についての記載はない。

甲第21号証(特開昭49-7650号公報)は、高速回転する部材のボルト締結構造に関する文献であり、この文献にもコンクリート製品の吊下げ支持に関する技術的記載はない。また、その効果についての記載からも、雌ねじ部に対しボルトの螺入量を浅くして使用する等ということは全く予定されていない。

甲第22号証(特開昭56-80516号公報)は、ねじとナットとからなるねじ結合材に関する発明を開示する文献であり、効果についても、ナットに対するボルトの心定め効果と早ねじ効果が記載されているだけである。

さらに、甲第24号証(特開昭49-13812号公報)は、鉄道レールの締付固定に使用されるスタッドアンカー組立体に関する発明を開示する文献であり、訂正発明を示唆するような雌ねじに対する雄ねじの螺入量が浅い場合の作用効果についての記載はない。

<2> さらに、甲第25号証(実願昭53-91939号(実開昭55-11916号)の願書に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム)は、コンクリート製品の吊下げ技術に関する文献ではあるが、この文献においてコンクリート製品内に先端を露出させて埋設されるほぼ円筒状をなす固定部材とは「長ナット」であり、この長ナットの先端から軸線方向に凹設された金具挿入孔の内周面にはその内周面全体にわたって雌ねじが螺刻されているものである。

なお、コンクリート製品の上面に形成された挿込穴(長ナットはこの挿込穴の底部に先端を露出させて埋設されている。)は、長ナットをコンクリート製品内に埋設する際に金具挿入孔の内部にコンクリートが入り込まないようにする栓体を螺着したことから形成されるものであり、甲第25号証のどこにも前記挿込穴を形成したことによって吊下げ金具のボルトを長ナットの雌ねじに螺合しやすくできる等の記載はない。

<3> したがって、甲第20ないし第22号証及び第24号証と、甲第25号証とを参照したとしても、訂正発明は容易に推考し得たものではない。

(2)  取消事由2(訂正発明の効果についての判断の誤り)

審決は、「訂正明細書記載の「雄ねじ部と雌ねじ部との螺合部分に応力が集中してねじ山が変形したりするおそれもなく」という効果は、第1引用例(第2引用例)に記載されている吊り下げ用係止具においても奏する効果である。」(審決書14頁12行ないし16行)と判断するが、誤りである。

<1> 第1引用例及び第2引用例における吊下げ係止具は、いずれも金具挿入孔の内周面すべてにわたって雌ねじが螺刻されている。そのため、吊下げ時に螺入量が浅い場合には、重量のあるコンクリート製品の吊下げ時において引っ張り力が加わると、開口部近傍におけるわずか数ピッチ分の螺合部分に応力が集中し、ねじ山を変形させ、吊下物たるコンクリート製品を落下させたり、吊下げ金具を金具挿入孔の雌ねじ部からスムーズに螺退できなくなるおそれすらある。

<2> これに対し、仮に螺入量が3ピッチとすると、訂正発明の係止具の場合には、金具挿入孔内への全挿入長さに相当する十分に長い接触長でもって前記吊下げ荷重に対処できるので、3ピッチ分の接触長でしか前記吊下げ荷重に対処できない引用例1の係止具とは異なり、ねじ山が変形したりするおそれがないという優れた作用効果を奏するものである。

<3> 被告は、片持ちはりの例での説明をするが、本件では、固定端部分である雄ねじと雌ねじとの螺合部分がコンクリート製品吊下げ時において壊れてしまうか否かが問題となるのであり、片持ちはりの例は、そのような場合を説明し得るものではない。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  認否

請求の原因1ないし3は認め、同5は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1(訂正発明の相違点ロ)についての判断の誤り)について

金具挿入孔の内周面には同挿入孔の内端部を含む中途から奥の内周面にのみ雌ねじを螺刻し、雄ねじを雌ねじに導入、螺合しやすくし、かつ、雌ねじはその谷部径が金具挿入孔の開口部を含む中途から先端の内周面とほぼ同一径となるようにする技術は、周知技術である(甲第20ないし第24号証)。特に、雌ねじはその谷部径が金具挿入孔の開口部を含む中途から先端側の内周面とほぼ同一径となる構成は、周知の構成であるとともに、金具挿入孔の形状を単に金具の形状に合わせたというだけのものであり、当業者が通常行う単なる設計事項にすぎない。

また、金具挿入孔の内周面には同挿入孔の内端部を含む中途から奥の内周面にのみ雌ねじを螺刻し、雄ねじを雌ねじに導入、螺合しやすくする技術をコンクリート製品の吊下げ用係止具に適用することは、当業者が適宜実施していることである(甲第25号証)ので、訂正発明のようにすることは、周知技術に基づいて当業者が容易に推考できることである。

<3> 雌ねじに対する螺入量が浅い場合でも、横吊り時にはコンクリート製品を落下させることなく、安全確実に吊下げ支持できるとの効果は、金具挿入孔に挿入された吊下げ金具に軸線に垂直方向の力が加わっても吊下げ金具がその方向に動きにくいというだけのことであり、周知の技術から当然に予測できる範囲の作用効果にすぎない。

(2)  取消事由2(訂正発明の効果についての判断の誤り)について

吊下げ用係止具における応力分布を考える場台、材料力学の基礎からこれを「片持はり」の問題として解くことは自明であり、片持はりの場合、その固定端部に最大曲げモーメントが働くことは自明である。第1引用例も、訂正発明も、その事情は同じであるから、金具を接触して支持する金具挿入孔の開口端に最大曲げモーメントが働くことも自明である。そして、訂正発明の場合、雌ねじに対する雄ねじの螺入量が浅いような場合でも雄ねじ部と雌ねじ部との螺合部分が金具挿入孔の開口端から遠いことは構造上自明であるから、訂正発明が「応力集中防止効果」を奏することも自明である。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件訂正請求前の本件発明の要旨及び訂正発明の要旨)及び同3(審決の理由の記載)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由Ⅳ(本件訂正請求についての判断。審決書7頁20行ないし15頁4行)のうち、1(訂正発明の要旨。8頁2行ないし9頁5行)、2(第1ないし第3引用例の記載事項の認定。9頁6行ないし10頁10行)、3(一致点、相違点の認定。10頁11頁ないし12頁10行)及び4(相違点についての判断)のうち、相違点イ)についての判断(12頁13行ないし13頁8行)は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  訂正発明の概要

甲第3号証、甲第5号証の3及び甲第26号証によれば、訂正発明の概要は次のとおりであることが認められる。

[従来技術]

「(従来の係止具における)固定部材21はその挿入孔25の長さ方向全体にわたってねじ25aを刻設したものである。・・・しかし、上記の係止具を使用してコンクリート製品Cを横吊りするときに、作業者の不注意によってボルト33が固定部材21の挿入孔25に対して充分螺入されず、開口部21aの付近にのみ螺入された状態でコンクリート製品Cをクレーンから吊り下げると、固定部材21はコンクリート製品Cの重さによって、ボルト33から離脱してコンクリート製品Cが落下する等、事故の原因となる虞れがあった。」(甲第26号証の全文訂正明細書2頁10行ないし23行)、

[効果]

「横吊りをする場合においても、吊下金具は金具挿入孔内の中途まで挿入されてから同挿入孔内周面奥の雌ねじに螺合されることとなり、同挿入孔内において前記雌ねじが形成されていない開口部を含む中途から先端側の部分も含めて横吊り支持するのに充分な量だけ挿入量が確保されるので、前記雌ねじに対する螺入量が浅い場合でも横吊り時にはコンクリート製品を落下させることなく、安全確実に吊下げ支持できる」(同10頁18行ないし23行)、

「前記挿入孔の開口部を含む中途から先端側の内周面は非雌ねじ形成部分とされていることに加えて、その非雌ねじ形成部分の内径は挿入孔内周面奥の雌ねじの谷部径とほぼ同一径とされるとともに、金具挿入孔の内径を金具の外径とほぼ同一径とされているので、コンクリート製品の横吊り時及び垂直吊り時において次のような特有の効果がある。

(横吊り時)

横吊り時において雌ねじに対する螺入量が浅いような場合でも、吊下金具はその外周面が金具挿入孔の前記非雌ねじ形成部分である開口部を含む中途から先端側の内周面にほぼ全体にわたる接触状態にて安定支持される。従って、雄ねじ部と雌ねじ部との螺合部分に応力が集中してねじ山が変形したりするおそれもなく、横吊り使用後における吊下金具の取り外しを迅速かつ容易に行うことができる。

さらに、垂直吊り時(第2図、・・・参照)にも雄ねじ部と雌ねじ部との螺合部分に応力が集中してねじ山が変形したりするおそれもなく、使用後における吊下金具の取り外しを迅速かつ容易に行うことができる。」(同10頁19行ないし11頁9行)。

(2)  取消事由1(相違点ロ)についての判断の誤り)について<1>(a) 甲第20号証によれば、実願昭53-93572号(実開昭55-9977号)願書に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルムには、次のとおり記載されていることが認められる。

「ねじ孔と、このねじ孔の谷径と同等もしくはそれ以上の径を有する孔とを同一軸線上に形成したことを特徴とするナット。」(実用新案登録請求の範囲。1頁5行ないし7行)、

「作業者がボルト、ナットの締結作業を行う場合には、・・ナットのねじ孔にボルトのねじ部を一致させることが大変厄介であり、・・その作業が大変面倒であるなどの問題があった。この考案は、・・その目的とするところは、ボルトに容易にかつ確実に取付け得るナットを提供することである。」(2頁2行ないし17行)、

「ナット本体1の厚さは後述するねじ孔2の谷径の略2倍の長さに形成されている。このナット本体1には前記ねじ孔2がナット本体1と同一線上でかつナット本体1の一端面側からその略真中まで形成されている。」(3頁1行ないし6行)

(b) 甲第21号証によれば、特開昭49-7650号公報には、次のとおり記載されていることが認められる。

「回転する部材と被締付材を植込みボルトによって締結するものにおいて、母材には上記ボルトのねじ部が螺着するねじ穴とボルトの平行部が嵌合する穴を連続して形成し、前記ボルトの平行部はこのボルトの平行部が嵌合する母材の穴に対して・・回転初めた初期の状態から密着せしめるよう構成してなる高速回転する部材のボルト締結構造。」(特許請求の範囲。1頁左下欄5行ないし12行)、

「本発明のボルト1はボルト行部8を被締付材2と母材3の境界より・・L1の長さだけ母材3への滑合状態にして入れたものである。」(3頁左上欄11行ないし14行)、

「(遠心力による)分布荷重による曲げモーメントの最大は付け根10に生じることは明らかであり、従来、その部10は・・ねじ9であったが、本発明によるとそれが平行部8となるので、同一の曲げモーメントを受けても断面係数が本発明の方が1.6倍大となり、さらに従来のようにねじによる応力集中部もなくなる。」(3頁右下欄14行ないし4頁左上欄1行)、

(c) 甲第22号証によれば、特開昭56-80516号公報には、次のとおり記載されていることが認められる。

「ねじ軸部(1)が端部において心部直径(d1と同じ直径のねじ山なしの心定めピン(2)を有しており、あるいはナット(4)がねじ山の呼び直径(d)に等しいねじ山なしの心定め孔(6)を有しており、・・心定め孔の長さがねじ山のピッチ(h)より長いことを特徴とするねじとナットとからなるねじ結合部材」(特許請求の範囲。1頁左下欄5行ないし12行)

(d) 甲第24号証によれば、特開昭49-13812号公報には、次のとおり記載されていることが認められる。

「本発明は大きなプラスチックの個体が一端に緊密にかみ合っている細長く伸びた中央のボデー部分と、ねじ山の形式にできる、両端スタッドについている保持装置とを有するスタッドアンカーに関するものである。」(2頁左上欄4行ないし8行)、

「スタッドの両端部の中間には、・・ねじ無し部分20および23・・とが設けてある。」(2頁右下欄12行ないし15行)。

<2>(a) これらの記載によれば、雄ねじを螺刻したボルトあるいは金具を、雌ねじを螺刻したナットあるいは金具挿入孔に挿入螺合するときに、金具挿入孔の内端部を含む中途から奥の内周面にのみ雌ねじを螺刻して、同雌ねじの谷部径が金具挿入孔の開口部を含む中途から先端側の内周面とほぼ同一径になるようにした締結具の技術は、本件発明の出願当時、周知の技術であり、しかも、その周知技術が、単に雄ねじを雌ねじに導入し、螺合しやすくすることを目的とするだけでなく、ボルトあるいは金具の軸線と垂直方向の力が加わっても、螺合部分に応力が集中してねじ山が変形して挿入孔から金具が抜けたりすることがないとの効果を奏することも、当業者に広く知られていたことであると認められる(特に、甲第21号証参照)。この認定に反する原告の主張は、採用することができない。

(b) なお、原告は、横吊りをする場合においても、充分な量だけ挿入量が確保されるので、雌ねじに対する螺入量が浅い場合でもコンクリート製品を落下させることなく、安全確実に吊下げ支持できるとの効果を主張するが、この効果は、吊下金具がその外周面が金具挿入孔の前記非雌ねじ形成部分である開口部を含む中途から先端側の内周面にほぼ全体にわたる接触状態にて安定支持されるため、雄ねじ部と雌ねじ部との螺合部分に応力が集中してねじ山が変形したりするおそれがないとの応力集中の排除の効果を別の観点がら述べているもので、同一の効果を主張しているにすぎないものと認められる。

仮に、充分な量だけ挿入量が確保されるので、安全確実に吊下げ支持できるとの効果が応力集中の排除の効果とは別個のものであるとしても、そのような効果は、螺合部分に応力が集中することを排除する目的で上記周知技術を適用して訂正発明のように構成することによって当然奏すると予想される範囲内のものであると認められる。

<3> そして、上記周知技術は、高速回転等の特定の技術分野に限られず、広く締結に関する技術分野で適用される技術と認められるから、訂正発明と第1引用例に記載された発明との相違点ロ)について、訂正発明のように構成することは、上記周知技術(甲第20ないし第22号証及び甲第24号証)に基づいて当業者が容易に推考することができるものと認められる。

したがって、これと同旨の審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由1は理由がない。

(3)  取消事由2(訂正発明の効果についての判断の誤り)について

前記(2)に説示のとおり、前記周知技術の構成が、ボルトあるいは金具の軸線と垂直方向の力が加わっても、螺合部分に応力が集中してねじ山が変形して挿入孔から金具が抜けたりすることがないとの効果を奏することは、本件発明の出願当時、当業者に広く知られたことであったから、応力集中の排除の効果は、訂正発明と第1引用例に記載された発明との相違点ロ)について、周知技術(甲第20ないし第22号証及び甲第24号証)に基づき、訂正発明のように構成することによって、当然奏すると予想される範囲内のものであるから、訂正発明の効果についての判断の誤りをいう原告主張の取消事由2も理由がない。

(4)  結論

したがって、原告の請求は理由がない(なお、本件発明(訂正前の発明)の容易推考性の判断(審決書15頁8行ないし12行)にも誤りはないと認められる。)。

3  よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する(平成10年11月17日口頭弁論終結)。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

平成6年審判第17425号

審決

東京都小平市学園東町1丁目7番14号

請求人 武蔵野機工 株式会社

東京都新宿区大京町9番地 エクシード四谷2階 北野国際特許事務所

代理人弁理士 北野好人

岐阜県岐阜市日光町8丁目39番地

被請求人 入来院正己

岐阜県岐阜市大宮町2丁目12番地の1

代理人弁理士 恩田博宜

岐阜県岐阜市大宮町2-12-1 恩田国際特許事務所

代理人弁理士 柴田淳一

上記当事者間の特許第1818325号発明「吊り下げ用係止具」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する.

結論

特許第1818325号発明の特許を無効とする.

審判費用は、被請求人の負担とする.

理由

Ⅰ. 本件特許第1818325号発明(以下本件発明)は、昭和59年5月24日に出願、平成4年5月14日に出願公告され(特公平4-28633号公報)、平成6年1月27日に設定の登録がなされたもので、本件発明の要旨は、公告後補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲に記載されたとおりの次のものにあると認められる。

「コンクリート製品(C)内に先端を露出させて埋設されるほぼ円筒状をなす固定部材(1)の最後端部に同固定部材(1)の軸線方向とほぼ直交するように底面が平面状の抜止めフランジ(4)を突出形成し、前記固定部材(1)の外周面には同固定部材(1)の軸線方向に沿って後端側ほど高くなるように傾斜して延びる移動防止フィン(5)を突出形成するとともに、同移動防止フィン(5)と前記抜止めフランジ(4)とを前記固定部材(1)の最後端部において一体的に連結し、前記固定部材(1)の先端から軸線方向に凹設した金具挿入孔(1a)の内周面には同挿入孔(1a)の内端部を含む中途から奥の内周面にのみ雌ねじ(3)を螺刻し、かつ、同雌ねじ(3)はその谷部径が金具挿入孔(1a)の開口部(2)を含む中途から先端側の内周面とほぼ同一径となるようにしたことを特徴とするコンクリート製品の吊り下げ用係止具。」

Ⅱ. 本件請求人 武蔵野機工株式会社は「第1818325号の特許を無効にする、審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、その理由として、米国意匠特許第223231号明細書、馬場秋次郎編「機械工学必携」五訂新版、三省堂発行、特開昭49-7650号公報、実願昭53-93572号(実開昭55-9977号)の願書に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム、実開昭55-9977号公報、特開昭56-80516号公報、武蔵野機工株式会社の売掛先元帳、吊り込み用治具(SH-60)の設計図両(武蔵野機工株式会社作成)、実願昭59-34212号(実開昭60-148788号)の願書に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルムを提示して、本件発明は前記提示された刊行物に記載された発明と同一、又はその発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので、特許法第29条第1項又は第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項の規定により、無効とすべきである旨主張した。

Ⅲ. 当審において、両当事者の主張を審理し、実願昭54-144542号(実開昭56-64456号)の願書に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(以下第1引用例)、意匠登録第430800号公報(以下第2引用例)、実願昭57-31049号(実開昭58-134476号)願書に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(以下第3引用例)に記載された事項を引用、参照し、また第1周知技術としての実願昭53-93572号(実開55-9977号)願書に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム、特開昭49-7650号公報、特開昭56-80516号公報、及び特公昭53-13646号公報、特開昭49-13812号公報の記載を、第2周知事項としての実願昭53-91939号(実開昭55-11916号)の願書に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(なお、特許無効理由通知書の実願昭53-9130号は実願昭53-91939号の誤記である。)の記載を参照して、本件発明は、第1引用例、第2引用例に記載された事項及び周知の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項の規定により、無効とすべきである旨の特許無効理由を平成8年4月18日付けで両当事者に通知した。

これに対して、被請求人 入来院正巳は、平成8年8月5日付けで訂正請求書を提出し、本件発明の明細書を添付された別紙訂正明細書のとおり、

(1)特許請求の範囲の減縮を目的として、特許請求の範囲の「同一径となるようにした」記載(平成5年3月30日付け手続補正書第8頁第17行~第18行)を、「同一径になるようにするとともに、金具挿入孔1aの内径を金具の外径とほぼ同一径となるようにした」とする訂正、

発明の詳細な説明において、

(2)前記特許請求の範囲の前記訂正(1)に整合すべく、明瞭でない記載の釈明を目的として、「同一径となるようにした」記載(同手続補正書第3頁第4行)を「同一径になるようにするとともに、金具挿入孔1aの内径を金具の外径とほぼ同一径となるようにした」とする訂正、

(3)明瞭でない記載の釈明を目的として、発明の効果の記載形式を<1>、<2>、<3>、<4>、<5>、<6>の各項に分割して記載する訂正、

(4)特許請求の範囲の前記訂正(1)に伴い、奏する自明の効果を具体的に記載すべく、明瞭でない記載の釈明を目的として、「同一径とされているので、前記横吊り時において・・・・先端側の内周面に面接触状態にて安定支持される。・・・・・吊下金具の取り外しを迅速かつ容易に行えるという優れた効果を奏する。」の記載(同手続補正書第7頁第5行~第14行)を「同一径とされるとともに、金具挿入孔の内径を金具の外径とほぼ同一径とされているので、コンクリート製品の横吊り時及び垂直吊り時において次のような特有の効果がある。

(横吊り時)

横吊り時において・・・・先端内周面にほぼ全体にわたる接触状態にて安定支持される。・・・・・吊り下げ金具の取り外しを迅速かつ容易に行うことができる。

さらに、垂直吊り時(第2図、第6図(d)参照)にも雄ねじ部と雌ねじ部との螺合部分に応力が集中してねじ山が変形したりするおそれもなく、使用後における吊下金具の取り外しを迅速かつ容易に行うことができる。」とする等の訂正を求めるとともに、同日付けの意見書を提出した。

Ⅳ. そこで、先ず、前記訂正請求は認められるか否かを審理する。

1. 訂正しようとする発明(以下訂正発明)の要旨は、前記訂正明細書及び補正された図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されたとおりの

「コンクリート製品(C)内に先端を露出させて埋設されるほぼ円筒状をなす固定部材(1)の最後端部に同固定部材(1)の軸線方向とほぼ直交するように底面が平面状の抜止めフランジ(4)を突出形成し、前記固定部材(1)の外周面には同固定部材(1)の軸線方向に沿って後端側ほど高くなるように傾斜して延びる移動防止フィン(5)を突出形成するとともに、同移動防止フィン(5)と前記抜止めフランジ(4)とを前記固定部材(1)の最後端部において一体的に連結し、前記固定部材(1)の先端から軸線方向に凹設した金具挿入孔(1a)の内周面には同挿入孔(1a)の内端部を含む中途から奥の内周面にのみ雌ねじ(3)を螺刻し、かつ、同雌ねじ(3)はその谷部径が金具挿入孔(1a)の開口部(2)を含む中途から先端側の内周面とほぼ同一径になるようにするとともに、金具挿入孔1aの内径を金具の外径とほぼ同一径となるようにしたことを特徴とするコンクリート製品の吊り下げ用係止具。」にあると認められる。

2. これに対して、第1引用例には、コンクリートブロック内に先端を露出させて埋設されるほぼ円筒状をなすナット(1)の最後端底面に前記ナットの軸線方向とほぼ直交するように突出形成された抜止め防止用鉄筋(4)を溶接し、吊下げ金具(2)のボルト(3)の雄ねじ部が前記ナットの孔内周面雌ねじ部に挿入、螺合される、コンクリートブロックの吊下げ用埋設ナットが、第2引用例には、ほぼ円筒状をなす固定部材の最後端部に同固定部材の軸線方向とほぼ直交するように底面が平面状のフランジを突出形成し、前記固定部材の外周面には同固定部材の軸線方向に沿って後端側ほど高くなる用に傾斜して延びるフィンを突出形成するとともに、同フィンと前記フランジとを前記固定部材の最後端部において一体的に連結し、前記固定部材の先端から軸線方向に凹設した金具挿入口の内周面には雌ねじを螺刻したたコンクリート用埋込み金具が記載されている。

参照例としての第3引用例には、U字溝(1)の側壁外側に先端を露出させて両側壁内に埋設される円筒状係止パイプ(5)の中央位置に抜止め用の円盤状アンカー部材(7)を前記係止パイプの軸線方向に直交するように突出形成し、前記円筒状パイプの孔に吊り金具(9)を挿入して、前記U字溝を横吊りす係止パイプが記載されている。

3. 次に、訂正発明(以下前者)と、第1引用例に記載された事項(以下後者)とを対比すると、両者とも「コンクリート製品の吊り下げ用係止具」に関する技術であり、後者の「ナット(1)」は、前者の「固定部材1」に相当し、後者の「抜止め防止用鉄筋(4)」、前者の「抜止めフランジ4」は抜止め防止用部材である点で共通していると認められ、且つ、前者の「金具の外径」は訂正明細書及び補正された図面の記載からみて金具の金具挿入孔(1a)に挿入される非雄ねじ部の径、雄ねじ部の雄ねじ山部径(両者の径は等しい)と解され、後者のボルトの雄ねじの山部径とナットの雌ねじ部の谷部径とはほぼ同一径であると解するのが技術常識であり、かつ後者のボルトの雄ねじの山部径はボルトの外径であるので、両者は、

コンクリート製品内に先端を露出させて埋設されるほぼ円筒状をなす固定部材の最後端部に同固定部材の軸線方向とほぼ直交するように抜止め防止用部材を突出形成し、前記固定部材の先端から軸線方向に凹設した金具挿入孔の内周面には雌ねじを螺刻し、該雌ねじの谷部径が金具の外径とほぼ同一径とするコンクリート製品の吊下げ用係止具である点

で一致し、次の点で相違していると認められる。

イ)前者の抜止め防止用部材は「フランジ」形状であり、あわせて「固定部材の外周面には同固定部材の軸線方向に沿って後端側ほど高くなるように傾斜して延びる移動防止用フィンを突出形成するとともに、同移動防止フィンと前記抜止めフランジとを前記固定部材の最後端部において一体的に連結し」ているのに対して、後者の抜止め防止部材は鉄筋であり、前者の移動防止用フィンに相当するものが設けられていない点。

ロ)前者の金具挿入孔の雌ねじ螺刻は「金具挿入孔の内端部を含む中途から奥の内周面にのみ」なされ、「同雌ねじ(3)はその谷部径が金具挿入孔(1a)の開口部(2)を含む中途から先端側の内周面とほぼ同一径になるように」しているのに対して、後者の雌ねじ螺刻は金具挿入口の内周面すべてになされている点。

4. 前記各相違点について検討する。

相違点イ)について

コンクリート用埋込み金具において、円筒部材の最後端部に円筒部材の軸線方向とほぼ直交するように底面が平面状のフランジを突出形成し、円筒部材の軸線方向に沿って後端側ほど高くなるように傾斜して延びるフィンを突出形成すると共に、フィンとフランジとを円筒部材の最後端部において一体的に連結する構造を有するものは第2引用例で公知であり、前者の「コンクリート用製品吊り下げ用係止具」も「コンクリート用埋込み金具」の一種であり、第2引用例記載の「フランジ」、「フィン」は抜止め防止用、移動防止用として設けられているのは明白である(第3引用例の記載参照)ので、後者のナット(固定部材)に抜止め防止部材を突出形成した係止具に第2引用例記載の埋込み金具の構造を適用することは当業者が容易に推考できるものと認められる。

相違点ロ)について

雄ねじを雌ねじと螺合するとき、「金具挿入孔の内端部を含む中途から奥の内周面にのみ」雌ねじを螺刻して、雄ねじを雌ねじに導入し、螺合しやすくし、かつ、「同雌ねじの谷部径が金具挿入孔の開口部を含む中途から先端側の内周面とほぼ同一径になるように」する技術は周知の技術(請求人が特許無効の理由で引用した実願昭53-93572号(実開55-9977号)願書に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム、特開昭49-7650号公報、特開昭56-80516号公報、及び特開昭49-13812号公報の記載参照)であり、「金具挿入孔の内端部を含む中途から奥の内周面にのみ」雌ねじを螺刻して、雄ねじを雌ねじに導入し、螺合しやすくする技術をコンクリート製品の吊り下げ用係止具における螺合に適用することは当業者が適宜実施していることと認めらる(実願昭53-91939号(実開昭55-11916号)の願書に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルムの記載参照)ので、前者のようにすることは周知の技術に基づいて当業者が容易に推考できるものと認められる。

なお、訂正明細書記載の「雄ねじ部と雌ねじ部との螺合部分に応力が集中してねじ山が変形したりするおそれもなく」という効果は、第1引用例(第2引用例)に記載された吊り下げ用係止具においても奏する効果である。

5. とすると、訂正発明は第1引用例、第2引用例に記載された事項及び周知の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができない。従って、上記訂正の請求は無効理由通知書に記載した理由によって認められず、上記訂正は採用しない。

Ⅴ. 以上のとおりなので、結局、本件発明の要旨は前項Ⅰ.の特許請求の範囲に記載された事項にある。

そして、本件発明は、前項Ⅳ.で判断した特許無効の理由と同旨の理由により、第1引用例、第2引用例に記載された事項及び周知の技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項72号に該当し、無効とされるべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成8年10月18日

審判長 特許庁審判官

特許庁審判官

特許庁審判官

別紙2

<省略>

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